A.PINETREE 2011年02月

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保育器から同室へ。

GCU(低体重児センター)でモニターを付けて3日間は、厳しい監視下にいた2人のボトル授乳をしに3時間置きに病室からGCUへ通いました。GCU内の入室が許されるのは母親と父親のみで、上の子供たちや祖父母については、窓越し面会のみが許可されていました。上の子供たちが面会できるように、と病室を大部屋から個室へ移っていたのに、赤ちゃんを傍で見せてあげられないなんて…。

残念がっていると、GCU担当者から嬉しいニュースが…。4子の呼吸も安定し、保育器から室温の状態に出しても体温調整もできるようになってきたということで、4日目以降はGCUを出て母子同室が可能であるとのこと。

ようやく我が子を傍で感じることが出来ると思うと嬉しくなり、早速家族へ同室が可能になったことを連絡しました。

手。

自分の病室にやってきた小さな我が子をまじまじと眺め、抱っこして温かく柔らかい赤ちゃんの肌に触れて幸せ気分に浸りました。何もかもがちっちゃくて頼りないけど、どれもちゃんと機能しているのが不思議。…って確か、第三子が生まれてきた時も同じことを感じていたなぁなんて振り返りました。

おっぱいの時間以外はすやすや。

母子同室が始まると共に、直接母乳をあげられるようになりました。しかし最初は母乳の出もまだ悪く、赤ちゃんの口が小さ過ぎておっぱいを十分にくわえることができないため、実際に飲めた量は数ミリリットルといったところでしょうか。すぐに疲れ果てて眠ってしまいました。しばらくは、直母の練習の後、搾乳した母乳をほ乳瓶で飲み足すという形で栄養を取りました。(上の写真は4子)

食欲よりも睡眠欲のほうが強かったりする。

それにしても、2人ともよく飲みよく眠ります。3時間置きの授乳の時間以外はずーーーーーーーっとすやすや寝た状態で、夜中は特によく眠っていて授乳の間隔がもう少し開きます。こんな状態が家に戻っても続くのかな~、もしそうならラクすぎて拍子抜けですが、きっとこれは今だけでしょうね。(上の写真は5子)

じいじと初対面。

保育器から出てきて面会が出来るようになり、父や母も部屋で娘達を代わる代わる抱っこしてこの顔!じいじとばあば(私側の)は59歳で孫が7人になりました。(笑) 長女の子5人+次女の子2人、じいじばあばの老後は暇なし(?)です。
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4度目の出産―双子誕生の記録。

2011年2月14日(月)、世界中がバレンタインデーのムードに包まれる中、我が家の第4子、5子が誕生しました。
25日間の長い管理入院~産後入院を終え、身体も落ち着いているので、まだ記憶が新しいうちに出産当日についての簡単な記録をしておこうと思います。

慣れない帝王切開

今回のお産も過去三回同様、帝王切開術によるお産で、妊娠当初から3度の傷を負った子宮が無事お産を終えるまで持つかどうかと言われ続けていましたが、無事に予定切開日を迎えることができました。

何度経験しても手術というものは慣れないもので、前日から緊張のあまり眠れなくピンと張りつめた状態が続いていました。

当日朝9時には尿管を入れたり心電図のモニターを付けたり、点滴を打ったり、背中からカテーテルを入れて半身麻酔を打ったり…手術室のモニター音が変に懐かしく、ぎらぎらと照らされるライトの下で「あぁ、このまま眠ってしまえたら…」と弱気になる私は、前日の夕方7時以降は何も飲み食いしていないせいもあり、緊張のあまり既にのどがカラカラの状態。「これで最後なんだから、ガンバレ私、これが終われば我が子に会えるんだから!」と心の中で静かに唱えていました。

過去3回の帝王切開術では、2度目(長女出産)の手術の麻酔の効きが悪かった経験があり、痛みを恐れていたのですが、今回も麻酔医師が首をかしげるほど効きが悪く、前半は痛みのせいで全身が緊張してしまっていました。ようやくじんじんと麻酔が十分に効いてきた頃、頭上のモニターに目をやるといつも低い血圧が見たこともないような低い数値に落ちていて、「わたし、大丈夫なん??」とまたひとり心配になるのでした。

いよいよふたりの誕生

そんな小心者な私が硬直しきった身体で、とてつもなく長い一時間を耐えた頃、助産師さんが「さ、今から赤ちゃんが出ますよ。」と教えてくれました。…あぁ、この言葉をどれだけ待っていたことか、高鳴る鼓動でいよいよ会える我が子に神経を集中させました。

「ちょっと押しますよ。」と言う先生の声に頷くと、お腹をぐっと押さえられながら、ぐいぐいっと引っ張りだされる感覚があり、次の瞬間には元気な産声が響き渡りました。もう、この声を聞いた瞬間、強張っていた全身の神経が緩み、同時に涙が溢れ出しました。

「さ、もう一人出て来ますよ。」と言う助産師さんの声掛けの数十秒後だったでしょうか、5子も元気な産声を上げて無事誕生しました。この上ない安堵に包まれたその瞬間、私はまた感涙にむせました。

『5人ともみな結局、下から自然に産むことはできひんかったけど、とうとう5人をこの世に送り出したんや。子供たちも頑張った、母ちゃんのお腹も頑張った。ありがとう、ありがとう。助けてくれた先生方や助産師さんたち、ほんまにありがとう。』部屋の隅の処置台で産直後の処理を受ける小さな娘達を眺めながら、何もかもに感謝をしました。

「おめでとうございます。2人とも元気な女の子ですね。今からご家族に面会していただきますね。」と言いながら助産師さんが2人を目の前に連れて来てくれたので、しっとりとやわらかいその頬に触れ、はじめましてのキスをしました。

生まれて間もない三女。

生後はじめて家族に会った双子の姉です。くしゃくしゃでか細い子猿のよう(笑)2070グラム。

生まれて間もない四女。

そしてこちらが、お腹の中で最後までぐるぐると回って相当の暴れん坊だった妹です。この通り、大きなお口を開けて元気に泣いていました。2064グラム。(2人の差はなんと6グラム!なんて仲良いんでしょう。)

覗きこむ長男。男の子かな~?

家族との面会

私が術後の処置を受けている間、家族はロビーで新生児室へ向かう赤ちゃん達と面会しました。
最後の最後まで「ママ、ひとりでええから男の子にしてや。」と男兄弟の誕生を願っていた長男が『どちらも女の子だった』というショッキングな事実を知った瞬間。2人とも女の子だったのは残念だけど、それでもかわいいと思ったそうで長女と保育器の周りに貼り付いてじっと見つめていたそうです。

1歳6カ月の次女は、ビデオとカメラでの撮影に夢中のパパとばあばが抱っこしてくれそうもないので、助産師さんに「抱っこ」をせがみ、保育器の赤ちゃんを何度も見せて~と要求したそうです。

しばらくは体温程度の温かい保育器の中で。

GCU(低体重児センター)へ

低体重児のため、また帝王切開で生まれてきたということもあり、産後しばらくは胎内環境に近い温度に保たれた保育器の中で過ごし24時間のモニタリングをすることになりました。我が子でありながら保育器に隔離された状態でしばらく離れ離れというのは切ないけれど、しばらくはガマンです。

手足や胸にモニターのコードがついた状態。

呼吸を時々忘れてしまうという第4子は、GCU(低体重児センター)で24時間体制の監視下に置かれることに。妹の5子は元気なものの、2人を別々に…というのもかわいそうなので、姉にくっついて同じくGCUへ。

術後の様子

家族が双子ベビーと面会中、私はと言うと、4度目の手術は3時間あまりとこれまで経験した中で最長の帝王切開術を終え(非常に長く感じた3時間でした)、いろんな管やモニターに繋がれたままの状態で個室へ戻りました。

術後間もなく始まったのが、後陣痛…2人が入って伸びに伸びていた子宮が収縮をする際の痛みが半端なく、また4度目のお産ということもあり、後陣痛は傷の痛みなど掻き消すほどの強さで私を襲いました。この後陣痛のおかげで夜中も全く眠れず、脂汗をかきながら長い長い夜を過ごしました。生命の誕生という感動をもっと味わいたかったのですが、この日は手術の緊張と後陣痛の痛みの印象があまりに強く、実際に2人の誕生の感動をじっくり味わえたのは2日目からでした。

雪降るバレンタインデー最高の贈り物

2000グラムちょっとという小さく壊れてしまいそうなか細い身体で誕生の日を迎えたふたりは、パパ&ママにとって最高のバレンタインギフトとなりました。生まれてくる日を選ばせてあげられなかったのは心残りではあるけれど、こうやって無事に生きて生まれてきてくれただけで十分です。これからますます賑やかになる我が家の中で、2人がどのように育っていくのか、また子供たちがどう影響しあうのか、今後がとても楽しみです。一卵性の双子という神秘的な存在についても、彼女らが大きくなったら「胎内ではどうだった?」などいつか訊いてみたいなと思います。

小さなふたりへ…生まれてきてくれてありがとう。パパとママを選んでくれてありがとう。

はじめまちて。


はじめまちて、三女(右)、四女(左)でちゅ。
先ほど、保育器から出てママのおっぱいをもらい、ママのお部屋にやってきまちた。

おなかの中いらい、はじめてふたりでこうやって横にぴったり並びまちた。

ママは私たちは顔も個性も違うと言うけど、やっぱり、そっくり?

ちなみに、まだ名無しなんでちゅ。パパ、ママ、早よ名前ちゅけてちょーだい!

以下母。
写メで失礼します。あ、しゃっくりも同時にはじめました(笑)やっぱりふたごです。

ありがとうございます。

一昨日母に代筆をしてもらった出産報告にたくさんのコメントを寄せていただき、驚いております。ひとりひとりにゆっくりお返事を書きたいのですが、いつになるやら分からないので、まずはこのブログエントリーより皆さんに深くお礼申し上げます。

母業をしていると、なかなか気軽に外へ出て人と交流する機会にも恵まれず、孤独に子育てしがちですが、こうやって「日常の良かったこと&ハンドメイド記録」として気まぐれに更新する私のブログを通じて、同じ境遇のママたちやプレママたち、手仕事好きさんたちとの情報交換や交流、いろんな気づきも頂けて嬉しいです。

二人の新生児の居る生活でなかなか更新できないかもしれませんが、双子の娘たちの誕生についてや、上のきょうだいの反応、また入院中のニッティングアイテムについてなんかも、また退院後に撮り貯めた写真とともに記録したいと思います。
ちびっこ5人たちの居るにぎやかな我が家ですが、これからも覗いてくださる皆さんと母業&趣味のソーイング・ニッティングの世界をたのしみたいと思います。ぜひ一緒にシェアしてください!

改めて、たくさんの温かいお言葉、ありがとうございます。

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A.Pinetree

Author:A.Pinetree
◇born in 1975
◇living in Kyoto
◇hubby & 5 kids in my family
◇love knitting & sewing
◇speak Japanese & English

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