A.PINETREE mentality

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祈り。



東北地方太平洋沖地震で被災された方々に、心よりお見舞い申し上げると共に、 亡くなられた多くの方々にお悔やみ申し上げます。

皆さまの無事と一日も早い復興をお祈り申し上げます。


・・・
11日の午後に起こった巨大地震が起ったころ、私は自宅で保健婦さんの検診を受けていました。何の揺れも感じなかったため、そのまま4時半ごろ保育園のお迎えに行き、そこでもたくさんのお母さん方とは普通の会話しかしなかったので、帰ってきてテレビを観ていた母に「関東東北のほうでえらい大きな地震があったみたい。」と言われるまでは、まさか東の方であんな大変なことになっているとは思いもしませんでした。

あれから2~3間、私はテレビは殆ど観なかったのですが(普段から日曜日のサザエさん位しか観ないんです)、いつも他愛もないつぶやきをしていたツイッターのタイムライン上も物々しい被害の様子や救助を求める声の拡散ツイートで埋め尽くされて、ただ何もできずにいる自分が無力に感じてうんざりもしました。

もし、5人の幼い子たちのいる我が家が今回のような災害に見舞われたら、さてどうする?
そんなことを想像していたら、パニックになりそうでしたが、とりあえず出口の近くにリュックに詰めた防災グッズを用意したり、いざという時に持ち出す毛布の数や水のことなど、いろいろと頭の中でシュミレーションしたりしました。一応心の準備ができて不安を抑えることができましたが、気休め程度、流れるラジオの速報をドキドキしながら聴きながら、ツイッターで被害の大きさを知ってビビりながら、それでも子供たちのいる我が家の平常を保とうと朝昼晩ちゃんとご飯を作り続けました。

私にできることは何だろう?

チェーンメールやツイッター上でも混乱が起きていて、物資を送れ、いや送るな、関西でも節電しろ、いや関西の節電は意味がない・・・など、不安な上にどの情報を頼れば良いのか困惑してしまいましたが、ようやく頼るべき情報源も限定されてきて、今わたしにできることは募金だと気付き、わずかながら日本赤十字社を通じて募金しました。

子供たちにも、なるべく普段通りの生活ができるように、衝撃の映像が多過ぎるテレビのニュースは極力見せず、平常モード生活を続けました。(もちろん、日本の東の方でこんな大変なことになっているんだという話は口頭でしていますが) 母として今できることは、子供たちが安心して暮らせる毎日を続けることなんじゃないかなと、私なりの結論で、震災に見舞われている方々の無事を祈りながら、普通の生活をさせていただいています。

震災発生後10日ほどして、テレビの子供番組も再開し、ツイッター上も前向きで明るいツイートや以前のようなユルいツイートも見られるようになってホッとしています。

雪の舞う寒さの中、ライフラインの復旧もなく、まだ救援物資の届かない地域に避難されている方々が大勢いらっしゃるということ、その中に生まれたばかりの赤ちゃんがいて、十分なミルクやおむつがないこと、死者・行方不明者の数がとんでもなく大きいこと、目に見えない原発の影響の恐ろしさなど、考えるだけで苦しくなる今回の震災、西に居る私たちが今できることは応援することとできる限りの支援をすること、そして過度な自粛をすることなく元気に暮らすことだと思います。今後もアンテナを張り続けて、わたしにできる限りの支援をしながら、家族を守って行きたいと思います。

一日も早く、関東東北に笑顔が溢れますように・・・。
応援しています。
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ツイッター&家事育児。

twitter 家事もモチベーションUP

本家ブログの更新をさぼり気味なこの頃、ツイッターにくだらないことも含め、ぶつぶつとつぶやきながら、家の快適化を進めていました。

ツイッター、まだまだイマイチ使いこなせてませんが、自分にとってある意味役に立っているので、もうちょっと続けてみようと思います。

育児・家事・行事・ご近所付き合い…29歳で結婚してから結婚生活6年目、こども3人のオカン…今思い返すと20代はサクサクと仕事をこなし、女としては特別良い報酬をもらっていた会社員だった…あの好き勝手していたシングルライフと結婚後の生活は180度変わりました。

そんな180度転換した環境の中、それまで「自分はそこそこデキルやつ」だと思っていた変な自信はガタガタと崩れおちました。長男出産後しばらくして、家事がはかどらなく、くちゃくちゃの家の中で茫然と立ち、「私ってなにも出来ない、母として失格、妻としても失格、人間として失格…」とうつ状態にも。これまでの仕事とは違い、家事・育児というのは誰かに評価されながらやるのではなく、とても孤独で不安になったものです。

その後、息子の誕生日の記念としてバースデーシャツを作ろうと十数年ぶりに触ったミシン、それがハンドメイド子供服への目覚めのきっかけとなりました。ハンドメイドをするときの自分のあの集中力、どんなものを作ろうかと想像力を働かせることで自分の中で久しく眠っていたクリエイティブな要素が活かされるたのしさ、そして完成した時の達成感とこども達が喜ぶ顔、+経済的でもあったりするので、子育てしながらできるこのハンドメイドという趣味はめっけもんだ!と思いました。

勢い余って、友達に誘われたイベント販売用のペーパーアイテム作りなんかも手を出したりしましたが、今は育児に専念したいので、自分の中で「ハンドメイドは、趣味。一番大事な育児をおろそかにしてはいけない。趣味は仕事にしちゃいけない。」と線引きをし、現在は販売用のものはお休みさせてもらってます。

ハンドメイド開始とほぼ同時に、私と同じようなハンドメイド好きな育児中の素敵な女性たちともブログを通じて知り合えたことも、いろんな面で育児中の私のいいモチベーションとなっています。5人のこども達の育児をしながら、丁寧な暮らしをされているluccaさんからは、ブログという便利なツールを通じて、育児や家事、物事のとらえ方など、実にいろんな気づきを頂きました。

便利なツール…ブログは私にとって、「いいこと日記」です。こども達の成長記録や旅の思い出、こんなもの作った、これがおいしかった…など、些細でも自分にとっていいことを綴ることで、「なんだ~、私の人生、なかなか悪くなかったやん♪」と後で思い返すことが出来ればいいな思ってと続けています。文字にすることで、客観的に見るいい材料にもなっています。その上、こうやっていろんな方々とのご縁もありがたいです。

そこで最近始めたツイッター、(ようやくここまで戻ってきました^^)いろんな使い方があるんだと思いますが、私はまずは苦手な家事をするきっかけ作りとして活用したいと思ってます。「●●を片付けるぞ!」とか「今日の夕飯は●●にしよう」など、ホンマにしょーもないつぶやきですが、自分にとっていい気持ちの切り替えスイッチになってます。

さ、というわけで、しょーもないつぶやきをしながら、20代OLの私がかつてはナメていた素晴らしい母業・妻業をこなしていこうと思います。片付け…したら気持ちいい~。ソーイング・ニッティングと同様に、家事も愉しみの一つにしたいものです。

いくつになっても。

この歳になっても嬉しいバースデーケーキ。

誕生日を迎えて、また(?)歳をとりました。
30歳を超えると、自分の年齢に関心がないというか、子供たちのことで頭がいっぱいだからか、誕生日を迎えた自分が幾つだったかさえも忘れていたりしましたが、35歳…そう、妹にも確認したので、それであっているはずです。

つい先日母の日の「ありがとう。」の言葉に涙したばかりなのに、今度は「おめでとう。」の言葉に感動とは、なんともぜいたくな一週間です。

夫から「プレゼント、何がええ?」
妹から「プレゼント、何が欲しい?」
父から「何か、欲しいものあるか?」
…と質問されて、都度考えるけど、何も浮かばない。
この歳になると、貰ってうれしいものは、モノではなく、優しい気遣いだったり、言葉だったりする。歳を取るって、結局そういうことなのかな~。

今日は、夫が休みだったので、市内の手打ちパスタ屋さんでイタリアンランチを堪能し、久々にデザートもいっぱいいただきました。その上、夜はバースデーケーキに1,2,3,4.…8本のキャンドルでお祝いしてくれた家族。あぁ、幸せな35歳のバースデー・ガール(?!?)です。

嬉しかったのが、子供たちからのプレゼント。
リボンで結んだ紙の筒を広げると…
息子からのプレゼント

「はい、ママ、お誕生日おめでとう。ママの顔描いたん。」と息子。
「うわー、にこにこ顔で笑ってるやん、ママ。こんな優しい顔してるかぁ?ありがとう。」

長女からのプレゼント

「はい、ママ、この大きいのがママでぇ~、これが、うーんと○○ちゃん。これがぁ~・・・。」 と長女。
「ありがとう。このママもにこにこ顔やん。うれしい。」

にこにこ顔のこんなママになれるよう、この絵は台所に貼っておきます。

夫からの薔薇のプレゼント。

夫からもらったピンクの薔薇、鉢物なので、これから大切に育てようと思います。

実年齢=35歳、中身は「おこちゃま」な私、子供たちと一緒にゆるゆると成長していきたいと思います。

家族。

結婚・出産・育児を通じて、日々学ぶものがあります。

スムーズに進まないことがたくさんある時こそ、立ち止まって悩んだり、見直したり、反省させられたり…きっとこれが成長するチャンスなんだろうな、と気づかされます。

これは子供が居なかったら、きっと私は避けて過ごしていたものだったんではないかと思います。子供という大きな責任があるからこそ、立ち止まって向き合う必要性に気づいたものの、それがなければきっと私は自分の得意とする環境を選んでトラブルを避けて生きていくこともできました。自分勝手に生きていける分、人間としての成長がないまま…ですがね。

先日、あることがきっかけで、何もかもがいやになり、自分の感情が抑えきれないまま、子供も夫も皆忘れてしまおうと家を出ました。そんなとき、様子が変だと気にしてくれていた母から、
『お母さんとお父さんは、この間お互いのいい所を5つずつ書いてみたら、改めて相手の気持ちが分って新鮮でしたよ。(私の名前)ちゃんたちもやってみるといいよ。』とメールが届きました。後で気づいたことですが、父と母はその日結婚36周年を迎えていました。36年間も仲良く連れ添い続けるって、凄いことだと思います。

母は私が家を飛び出したことを知って父と妹に知らせ、子供じみた行動をした無責任な娘を叱ることなく、父も母も心配して会いに来てくれました。34歳にもなって、大人になりきれていないことを詫びると、父も母も「いくつになっても、おまえはお父さんお母さんの子供、いつでも見方やで。疲れたらいつでも帰っておいで。」とやさしい言葉を掛けてくれて、荒れていた気持ちが穏やかになりました。『子を思う親の無条件の愛情』とはこういうものなのだなと改めて感じた瞬間でした。この日の親との時間は一生涯忘れない宝物になったと思います。

恐る恐る家に電話をかけると、「はよ、かえっておいで。家族みんなまってるよ。」と落ち着いた夫の声。主人は忙しい仕事を置いて、子供を保育園に迎えに行き、ご飯を炊いてレトルトカレーを買って来て、ウインナーを焼いて食べさせてくれていたそうです。もちろん、7か月の娘にも、ミルクを買いに走り、飲ませて、おむつ替えをして、お風呂に入れて…。3人の世話を文句ひとつなくやってくれていました。ママを探した子供たちには、「ほら、はよねんねしとき。ママは朝には戻って来てるよ。」と説明していたそうです。

翌早朝、私は十数時間のあいだ授乳していなかったせいでガチガチに張ったおっぱいに涙しながら家に戻り、まだ眠っている家族の布団にもぐりました。子供たちは「ママ~」と言っていつものように私にくっついて眠り続けました。敏感な子供たちに安堵を与え、私が普通に戻ってこられるように配慮してくれた夫に感謝します。

大人になりきれていない自分、人に支えられながら、子供たちとともに、やがて立派に人を支えられる大人へと、遅ればせながら成長していきたいと思います。

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A.Pinetree

Author:A.Pinetree
◇born in 1975
◇living in Kyoto
◇hubby & 5 kids in my family
◇love knitting & sewing
◇speak Japanese & English

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